一般社団法人日本肉腫学会 一般社団法人日本臨床肉腫学会

一般社団法人日本肉腫学会 設立経緯

このような学会のスタイルが定着したのは、法人設立までの10年間の我が国の肉腫医療の事情によります。肉腫は整形外科が原発腫瘍の手術を担当する四肢の骨軟部肉腫とそれ以外の診療科が手術を担当する頭頸部、胸部腹部内蔵、後腹膜、骨盤部の軟部肉腫の2つに大別されます。軟部肉腫は肉腫全体の85%を占め、骨・軟骨肉腫は15%です。成人軟部肉腫の約60%が頭頸部、胸部腹部内臓・後腹膜、骨盤部に発生します。軟部肉腫は我が国の院内がん登録の集計では、毎年新たに3.6人/10万人が発症します(人口1億人換算で3600人)。毎年の発症患者数が6人未満のがんを希少がんと呼び、肉腫は希少がんの代名詞です。 肉腫の患者数は全悪性固形腫瘍の2%程度です。

我が国の肉腫医療においては、成人の胸部腹部内蔵・後腹膜、骨盤部の軟部肉腫の再発転移例に対する外科的治療、薬物治療、局所制御治療の体系的な診療体制が存在していなかったのです。特に、再発転移の多い成人の胸部腹部内臓・後腹膜、骨盤肉腫再発例を経験豊富な技術を持って手術できる外科医は私の知る限り日本にいませんでしたので、私たちは学会設立までの10年間に、その技術をもつ外科医の専門家集団を養成しました。癌の手術と肉腫の手術は多くの点で異なります。

私たちの歩みは、成人軟部肉腫の過半数を占める頭頸部、胸部腹部内臓・後腹膜・骨盤部肉腫の再発転移例の患者様の治療を巡る文字通り「壮絶な」闘いの歴史です。 私個人でもこの領域の1700例を超える肉腫患者様の診療に関わってきましたし、本学会の初代指導医の認定を受けた医師の多くは、標準治療と診療体制のない道無き道をお互いの背中(技術)を頼りに連携し、それぞれが200〜500人の肉腫患者様の集学的治療を進めてきた、いわばこの分野の「草分け」とも呼べる先生方で、日本肉腫学会はこれらの先生方のご尽力によって設立されました。

そして、この肉腫医療を進めるにあたって患者様とご家族様の大きな貢献がありました。 米国の国立アーリントン墓地に、ジョン・F・ケネディ大統領の弟、ロバート・F・ケネディ元米国司法長官が眠っています。その墓の前にある水槽には、水滴が垂らされ、水面にはその波紋が広がります。“小さな水の波紋が静かに広がって行くように、一人が勇気と信念を持って立ち上がったとき、その希望は多くの人に伝播し、やがては大きなうねりになる”という彼の信条を示していると言います。
日本の肉腫医療の現状に一石を投じ、多くの患者様に希望を与えた2人の患者様がいました。お一人は東京都の大西カジャさん(享年40歳)、もうお一人は岡山県の米澤京子さん(享年34歳)(お二人は生前から実名を公開しておられましたのでそのまま使わせていただきました)で、お二人とも後腹膜原発の平滑筋肉腫の患者さんでした。大西さんはカナダの大学を卒業し英語が堪能で、麻生太郎元首相が主催されていた東京青年会議所のメンバーとして、上記ロバート・F・ケネディ司法長官が来日された時の通訳を務めました。大西さんと米澤さんは、我が国で初めての肉腫患者さんのグループ“Cure Sarcoma”を立ち上げました。“Cure Sarcoma”は現在、NPO法人となり大西カジャさんのご主人である大西啓之さんを代表として発展しています。米国の肉腫患者会や肉腫専門医との交流を通して、肉腫医療の様々な新しい情報を日本の患者様に伝え、政府や医療者に積極的に働きかけ、肉腫の診療体制の確立を訴えました。

2007年から2009年にかけて、大西さんや米澤さんを中心に集まった多くの患者様の再発転移肉腫の治療を担当した外科、薬物治療、局所制御治療の専門医師が1年に1回集まり、患者様やご家族様を招待して小さな勉強会が始まることになりました。2014年12月には、日米の肉腫専門医師がホノルルに集まり、11名の患者様、ご家族様の代表を招待して、「肉腫の研究と治療に関する日米ワークショップ」を開催しました。小さな勉強会は、2015年11月30日と12月1日に京都で開催された「日本肉腫学会設立記念シンポジウム」へと繋がったのです。

(高橋克仁)

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